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あすなろ156 「とう」と「とお」の違い(過去記事)

2018年3月14日投稿

 

 

 

2014.10号

 

「小人閑居して不善を為す」という言葉があります。

小人(しょうじん)とは、つまらない人間という意味です。

閑居はヒマでいること、不善は善の反対ですね。

つまり、「つまらない人間は、ヒマを持てあますと碌(ろく)なことをしない」という意味です。

 

要するに私がそれなんですけど、ヒマになると碌でもないことばかり考えています。

今回は、そんな脳内で考えた事の紹介です。

 

「通り」という言葉があります。

ひらがなで書くと「とおり」です。

「とうり」ではありません。

他にも、「遠い」は「とおい」です。

しかし、「冬至」は「とうじ」です。

 

何が違うんでしょ。

何でしょうね。

 

経験的に、「オ段」を伸ばすときに「オ」と表記する言葉は、「ウ」と表記する言葉に比べて少数派だろうということはわかります。

では、その少数派の「オ」表記の言葉を集めてみましょう。

 


とおり(通り)

 

とおる(通る)

 

とおい(遠い)

 

こおり(氷)

 

こおる(凍る)

 

おおきい(大きい)

 

おおい(多い)

 

おおう(覆う)


 

発見しました。

これ、みんな和語ですね。

和語とは、漢字が伝わる前から日本にあったと思われる言葉です。

もう少し違う言い方をすると、訓読みの言葉が和語です。

 

つまり、日本語の本来の発音は「トオ」なんですよ。

それが、漢字が大陸から入ってきた時に、「冬という文字の読み方はトウである」と伝えられたのでしょう。

というとは、最初のうちは、きっと「冬至」も「トージ」や「トオジ」とは読まずに、「トウジ」と、「ウ」をウとはっきり発音していた可能性があります。

可能性があるというよりも、実際にウと発音していたでしょうね。

 

というのも、ひらがなは漢字から作られたものですので、当然ながら漢字よりも後から使われ始めています。

「とおい」とひらがなで表記している頃には、「冬=トウ」という言葉は日本にもうあったはずですから。

 

そもそもひらがなは、日本語の発音に合わせて書く文字として登場しています。

それなのに「トウはトオと読みましょう」なんてルールを作るわけが無いですよね。

 

ともかく、その後時代を経るに従って、この二つの読み方は収斂していって、共に「トオ」と同じ発音になってしまったのでしょう。

というわけで、和語はみんな、オ段の伸ばす音を「オ」と書くのでしたー。

はい、無事解決ですねー。

 


ほうる(放る)

 

もうす(申す)


 

あれ?いや、あれ?え?

 

「放る」はともかく、「申す」が漢語ってわけがないですし、音読みでもありません。

 

もしかして、昔は「もおす」と書いていたとか?

古語辞典を引いてみましょう。

 


「もおす」→なし

 

「まうす(申す)」


 

あっ……アホだ俺。

そういやそうですよねー。

「申す」は昔は「まうす」だったんです。

当然読み方も「マウス」だったことでしょう。

それが今、「モース」という発音になってしまっているので、それに合わせて書き直されているだけなんですね。

 

ついでに、「とおり」なども古語辞典で確認しておきましょうか。

 


とほり(通り)

 

とほる(通る)

 

とほし(遠し)

 

こほり(氷)

 

こほる(凍る)

 

おほき(大き)

 

おほし(多し)

 

おほふ(覆ふ)


 

あ~~~~。

そっかー。

前言撤回。

 

日本語本来の発音では、通りは「トオリ」ではなくて「トホリ」だったんですね。

つまり、現代語で長音の時に「オ」と書くものは、昔はみんな「ホ」だったと。

ホと発音していた言葉が、時代を下るに従ってオに変化していったと。

そうだったのですか。

 

今回のように、古典ではハ行で使われていた言葉が、現代語ではア行に入れ替わって使われる例はたくさんあります。

例えば、会うは昔は「あふ」でしたし、臭うは「にほふ」、食うは「くふ」、舞うは「まふ」……。

 

待てよ。

 

まさか、現代語で「う」で終わる動詞は、全部「ふ」だったとか……?

 

古語辞典巻末の活用表を見てみました。

四段活用の表に、「ア行」はありません。

 

もう何年も動詞の活用表を見ているのに、これまで全く気づいていませんでしたわ。

 

活用とは、動詞・形容詞・形容動詞の語尾が、使われ方によって形を変えることです。

その変わり方をまとめて表にしたものが活用表というものです。

 

活用の仕方は、現代語と古語では少々違いがあります。

例えば、先ほどの「会ふ」は、

 

 

と、語尾が「アイウエ」の四段に変化しますので、四段活用と言われています。

これの場合は、「ハヒフヘ」と変化していますので、ハ行四段活用と呼ばれています。

 

それに対して、現代語の「会う」は、

 

 

あ、ちょと待った。

先ほど、古典のハ行がア行になったとしましたが、違いますね。

ハ行はワ行になっていますね。

やはりこちらも、発音がそう変化していったのでしょう。

先ほど挙げた「会う」「臭う」「食う」「舞う」は全て、ワ行五段活用ですから。

考えてみれば、格助詞の「は」を「ワ」と発音するのも、きっと同じ流れなのでしょう。

 

 

ということは、もしかして、現代語でもア行五段活用は無い、とか。

 

「行け!国語辞典!」「ピカー!」

 

ありませんでした……。

 

さらに眺めてみると、ア行で上一段・下一段活用する動詞は、そのほとんどが古典ではア行ではなかったようですね。

例えば、「悔いる」は古典では「くひる」ですし、「越える」は「こへる」、「居る」は「ゐる」です。

 

例外は、「射る」が古典でも「いる」なのと、「得る」が古典で「う」であることくらいしか見つかりません。

しかし、そのうちの「射る」はヤ行だったのではないかという説もあるようですので、「う」→「得る」が、ア行で活用するほぼ唯一の例外でしょう。

 

さて、ここまで放置していた「放る」の正体です。

放り投げる、放り出すなどと色々なバリエーションを持つ「放る」ですが、なんと、「ホウ」は 音 読 み でした。

ですから、「放る」という使い方は、文化庁の常用漢字表に無い読み方、いわゆる表外音訓だったのです。

 

もちろん、こんなことはテストに出ません。

 

学塾ヴィッセンブルク 朝倉