雑記帳(あすなろ)

HOME雑記帳(あすなろ)あすなろ59 黄禍論(過去記事)

あすなろ59 黄禍論(過去記事)

2018年3月14日投稿

 

 

 

2006.09号

 

盆は実家に帰ってきました。

 

例年通り、お寺さんに行って、ご先祖様の位牌にお参りするわけですが、ふと気づいたことがあります。

 

……賽銭箱って、仏教だっけ?

違うよな。

 

この、ところかまわず賽銭を投げたがる国民性は、こうやって醸成されてきたのかとしみじみ感じつつも、宗教ですら何でもありという日本人特有の感覚は、西洋人には理解できないだろうなあと思う今年の夏でした。

 

今はともかく、かつての西洋人にとって、理解を超えた東洋人~特に日本人~がどう見られていたか、そのあたりの話をちょっと書いてみます。

どうも、今の世界史の教科書には、そのあたりが掲載されていないようですので。

 

幕末のあたりから始めてみます。

 

1867年、パリにて第二回万国博覧会が開催されます。

このとき、江戸幕府は万博に参加、出品しました。

出品したものは、養蚕関連・工芸品・紙などだったそうです。

その内容は高く評価され、最高賞であるグランプリメダルを受賞します。

 

1873年、次のウイーン万博が開催された際には、日本は明治政府として正式に参加しています。

そしてこれをきっかけに、ヨーロッパ全土には猛烈なジャパンブームが巻き起こります。

ゴッホやモネが、日本の文化や芸術によって強い影響を受けたのは、ちょうどこのころです。

これは有名な話ですね。

 

ところで、ちょうど同じ頃、アメリカ・カナダ・オーストラリアといった白人の移民・開拓地において、東洋人(特に中国系の移民)が徐々に増えてくるようになりました。

 

中国では清朝が衰退して、西洋諸国に植民地化されたため、半ば難民化した人々が、海外に新たな生活を求めたのでした。

 

中国人達は、先に入植していた白人達のもとで働くことになりました。

彼らは低賃金でも文句を言わず、大変真面目に働きました。

安い賃金でよく働く姿は、今の中国人にも通じるものがあります。

そしてそれは怠慢な西洋人に対して、かなりのカルチャーショックを与えたのでした。

 

結果的に、中国人は白人の雇用を圧迫することとなり、それはやがて、白人の脅威と嫌悪の対象となります。

このまま街に黄色人種があふれつづけたら、将来、逆に白人が追い出されてしまうかもしれない……

 

こうした一連の恐怖妄想のことを、黄禍論(Yellow peril)と呼びます。

 

  

 

このように始まった黄禍論ではありますが、やがてその対象が、当初の中国から少々変わってくることになります。

日本という東洋人国家が、徐々に世界の表舞台に現れ始めたからです。

 

この野蛮な小国は、日清戦争を通じて植民地合戦に参加するようになり、続く日露戦争では、当時世界最強だったロシア帝国の艦隊を、なんと壊滅させてしまいます。

その後の第一次世界大戦のころには、欧米諸国は日本を列強と認めざるを得ないところにまで来ていました。

 

ただ、白人としては、日本の力を認めざるを得ない一方で、劣っているはずの有色人種が発言力を高めるのが、内心おもしろくありません。

その鬱憤は、色々なところであらわれることになります。

当時の風刺画を見ると、その感情の片鱗を見ることができます。

 

 

「猿の惑星」という映画をご存じでしょうか。

「宇宙飛行士のテイラーは、時間を超えてある惑星に不時着した。しかしそこは、猿が人間を奴隷として扱う世界だった」

という話で、その舞台となる星は、実は未来の地球だったというラストを迎えて終わります。

 

この映画の原作者ブールはフランス人で、アジア人労働者を使役するプランテーションを経営していました。

大東亜戦争が始まると、自由フランス軍として諜報活動をしていたのですが、捕虜として日本軍に引き渡され、強制労働に従事することになります。

 

ブールにとって、東洋人とは単なる労働力であり、もしかしたら奴隷と同等だったかもしれません。

それが当時の白人にとって、一般的な考え方でした。

ところがそれが、逆に支配されて働かされてしまうのです。

この主従逆転経験が、この作品を生んだ土壌になったと言われています。

劇中における猿は、日本人をイメージしているのです。

 

つまり猿の惑星も、黄禍論の一種といえるかもしれません。

そしてある意味、第二次世界大戦が、黄禍論の頂点であるともいえます。

 

詳しくはここに書きませんが、白人国同士は、露骨ともいえる方法で共謀して日本を追いつめ、日本を開戦させることに成功しました。

(詳しくは、「ABCD包囲網」「ハルノート」あたりの言葉を調べてみてください)

 

日本降伏後は、対日戦争とはおよそ無関係な白人国家までが戦後賠償を請求しています。

その結果日本は、スイス、スウェーデン、カナダ、ギリシャ、アルゼンチン、イタリアなど、戦争した覚えもない国に対して多額の賠償金を払うことになったのでした。

 

捕鯨規制も似たようなものです。

槍玉に挙げられるのは日本だけで、同じ捕鯨国家であるノルウェーやデンマーク、アイスランド、エスキモー達はまったく非難されていません。

例によって、捕鯨とは無関係の白人国家(海のないスイスとか)及び元植民地(元宗主国の影響が大きい国家)までしゃしゃり出て、日本非難運動を繰り広げました。

 

これもやはり、現代になお残る黄禍論と言えるでしょう。

黄色い猿の作ったソニーやホンダが売れるのが面白くない、という腹いせ以外に見えません。

ちょうど、貿易摩擦とか言われていた頃ですし。

 

ただ、この一連の運動に関しては、最近はだいぶマシになってきたようです。

これは私見ですが、日本の科学的根拠に基づく主張に、徐々に論破されてきたからではないかと思われます。

いわゆる「自然保護団体」の感情論には、実際に調査捕鯨して出した膨大なデータに対抗できるものなんて、最初からありませんからね。

 

西洋人に洗脳されちゃった人もいるかもしれませんので、一応簡単に説明します。

 

鯨(特にハクジラ)は、見ての通り海洋生態系の頂点です。

あの巨体を維持するのには、すさまじいまでの量の魚を必要とします。

 

さて、最近の地球では、人口が増えて漁業資源の需要が増える一方で、環境破壊などによって魚の数は減っています。

そんなときに、大量の魚を馬鹿食いする鯨を大事に大事に保護すると、一体どうなるでしょうねえ?

 

先日、サッカーの中田選手が、イタリアにおいて人種差別的な発言を受けたという記事がありました。

今でもこれが、白人の素直な感情なのかもしれません。

ただ最近では漫画やアニメの影響から、日本を憧れの聖地とみなし、日本人になりたくてたまらない白人もかなり増えているようですので念のため。

 

学塾ヴィッセンブルク 朝倉