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あすなろ158 箸(過去記事)

2018年4月6日投稿

 

 

 

2014.12号

 

大学生の頃、山登りをやっていました。

 

どこの世界にも身内にだけ通じる「専門用語」というものはあると思いますが、山でもやはりありまして、例えば、ロープはザイルと呼びます。

このくらいなら、小説やマンガなどで聞いたことがあるかもしれません。

 

しかし登山靴をザングツ、箸フォーク類をブキ、幕営地をテンバ、ヘッドライトをヘッテン、トイレットペーパーをトッペ、といったあたりになると、書籍では読んだ覚えがありませんので、もしかしたら学生ルールなのかもしれません。

逆に、このあたりの用語がマンガに登場したら、私的には一気にリアリティが増すでしょうね。

 

山での食事担当はショクトウ(食当)と呼ばれて、基本的に下級生(大抵は一年生)が任命されます。

メニュー決めから材料の買い出し、当日の飯作りを一からさせられますので、上級生を満足させるようなウマいメシを作らなければいけないのです。

 

ただ、長期合宿になると、下級生に別の役職をさせるために、まれに女性の先輩が食当になって大当たりなんてこともあります。

私は、チーズフォンデュなるものを初めて食べたのは、山中のテントの中でした。

あれは確か、九州の霧島に登った時だったかな?

 

そんな山に持ちこむブキなのですが、一応みんな、スプーンフォーク箸のセットを持って行くわけです。

が、実際にはみんな、ほとんど箸しか使いません。

 

箸って便利ですよね。

実に万能です。

コーンには負けますが、それ以外には無敵です。

箸を使わずにペペロンチーノスパゲティを作るイタリア人の気がしれません。

 

私の場合、箸といえばなんとなく典型的な日本文化のような気がしてしまうのですが、これを使う民族は日本人だけではありません。

東南アジアから中国、朝鮮などの、中華文化圏一帯で使われています。

そのあたりからわかるとおり、箸の発祥は中華文明のようです。

それが当地でいつ頃から使われ始めたのか、はっきりとはわかっていないようですが、調理用としては、少なくとも紀元前10世紀以上前から使われていたようです。

 

日本では、弥生時代の遺跡からピンセット状の「折箸」が発掘されていますが、これは祭祀用と考えられています。

有名な魏志倭人伝では、邪馬台国の「倭人」は「手食」であるという記述がありますので、この頃はそうだったのでしょう。

 

日本に食事用の箸を伝えたのは、あの遣隋使だと言われています。

隋では食事に箸を使うという話を聞いた聖徳太子は、朝廷の面々に箸をマスターするように通達を出しました。

そのときから使い始めた二本セットの箸は、当初は「唐箸」と呼ばれて、貴族だけが使っていました。

しかしその後、平安時代には、庶民にまで普及しています。

 

ところで、先ほど東アジア一帯で箸が使われていると書きましたが、他の国では箸と併用して匙も使います。

中華料理でもそうですが、東南アジア諸国や朝鮮半島では、箸と匙(レンゲ)を食卓に並べて、持ち替えて使っています。

そのためか、日本以外では、箸は皿の横に、縦に置きます。

同じく持ち替えて食べるナイフフォークと同じ置き方ですね。

 


中華料理で使われるあの匙をレンゲと呼ぶのは、日本オリジナルです。

平安時代、その形状が蓮の花びらに似ているということで命名したようです。


 

しかし中世の頃からいつの間にか、日本人は匙を使わずに箸だけで食べるようになりました。

茶以外の汁物を飲む時には、椀に直接口を付けることで解決しました。

これによって、右手は箸から違う道具に持ち替えることなく食事するという、日本独自の食事法が確立したのです。

 

そういう意味では、世界で一番箸にこだわるのが日本人とも言えます。

家族がそれぞれ自分専用の箸を持っているのは日本だけです。

食事作法は、そのほとんどが箸に関することです。

箸で豆をつまむ競争なんて、他の国の人はしません。

というよりも、他国の箸では先端が太すぎて、そんなことは最初から不可能です。

 

日本人の指先が器用なのは、幼少から箸を徹底的に使わされるからだという話まであります。

すごいですね箸。

 

さて、そんな箸文化は、中世には庶民にまで浸透していたわけですが、そんな鎌倉末期、貿易と布教を狙ってスペイン人とポルトガル人が日本にやってきます。

 

連中の目的は、シンプルに金儲けと宗教です。

野蛮な東洋人から巻き上げた珍品を本国に持って帰れば大もうけ、うまく征服しちゃえば搾取し放題、または、我々偉大なる白人様が愚かで野蛮な東洋人に偉大なるキリスト教を教えてあげよう優しいな俺、と意気揚々と乗り込んで来るのですが、日本の食事風景を見て驚愕します。

 

だって、当時の西洋人は、全て手づかみで飯を食っていたんですから。

使うのは、その場で肉を切り分けるナイフだけ。

あとは全部手づかみ。

当然手が汚れますので、ベロベロと舐めたり手近にある布でぬぐったりします。

ナプキンやテーブルクロスがなぜあるのかというと、つまりは手ふきなのです。

ついでに口を拭いたり鼻をかんだりもします。

 

さらに、今の中国人と同じく、食事中は食いかすを下にこぼしまくって、骨などは足下に投げ捨てるのが当たり前、痰を吐いたり唾を吐いたりゲップをしたり屁をしたり、口いっぱいにものを詰め込んだまま楽しく会話。

宴会になると必ずどこかで喧嘩が起こって、誰かが死んだとしても別に珍しくもない。

どこかの国では、食事中に殺人が起こっても仕方ないので罪に問わない、なんて法律があったくらいです。マジで。

 

ワンピースという漫画では、要所要所に宴会風景が登場して、みんなで口にめっちゃくちゃ詰め込むバカ食いをしていますよね。

リアルにあれが日常風景だったのです。

 

そんな世界から来た宣教師様が、野蛮人に文明を教えてやろうと思って来たら、小さい子供まできっちりと正座して、器用に箸ですよ。

そりゃびっくりですわな。

 

織田信長にも謁見したポルトガル人ルイス・フロイスは、その著書の中で、

 


「我々は四歳児でも自分の手で食べられないのに、日本人は三歳で箸を使って食べている」

「我々は全てのものを手で食べるが、日本人は男女とも幼児の時から二本の棒で食べる」


 

なんてことを書いています。

ざまあ(笑)

 

ちなみに、西洋諸国でスプーンが一般に広まったのは、日本の江戸時代のことです。

一応、フォークは南欧の上流階級に限って使われていたのですが、現在のような弓なりのフォークが発明されたのは江戸時代中期ですし、ナイフフォークスプーンがセットになったのは幕末のことです。

千年遅いわ。

 

ただ現在では、西洋人もつつましく食事をしております。

相変わらず汚く食べているのは、箸の発祥の地、中国です。

なぜだ。

 

学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義