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あすなろ216 たたかえ! ぬいぐるみ!

2019年12月15日投稿

 
 
 
2019.10号
 
「着ぐるみ」という言葉があります。
 
それに対して、
「『着ぐるみ』ではない。正しくは『ぬいぐるみ』である」
という話が以前からあったのですが、あれってそういえばどうなったんだろうと、最近ふと思い出しました。
 
ぬいぐるみと言えば、今では一般的にはテディベアのような、主に動物をかたどった人形で、綿などを詰めた布製のものを想像すると思います。
 
塾にも一つ、ダイオウグソクムシの愛くるしいぬいぐるみがあるのは、皆様ご存じの通りです。
 
※人によってはあれが枕に見えるようですが、本来はそういうつもりではありません。
 


意図しなかった使用法


こちらはティッシュカバーです。
断じてぬいぐるみではありません。


最近、リラックマのティッシュカバーを見かけないのですが、一体どこに……


 
世界初のぬいぐるみは、1880年と言われています。
明治13年のことですので、案外新しいですね。
ドイツで服飾工房を経営していたマルガレーテ・シュタイフさんが、甥姪のクリスマスプレゼント用に、フェルトで作ったゾウのぬいぐるみ(針刺し)が最初だとされています。
 
そのゾウの評判が良かったので、クリスマス用に市販を始めたら大ヒットしました。
そこでシュタイフさんはその後、さまざまな動物のぬいぐるみを作る会社を立ち上げています。
 
好きな人はもうわかったかもしれませんが、これがテディベアで有名なシュタイフ社の始まりです。
 
さて、このままシュタイフとテディベアの歴史の話を書き連ねてもいいのですが、それはまた次の機会とします。
 
(→ご要望がありましたら書きます)
 
まずは広辞苑にて「ぬいぐるみ」を引いてみましょうか。
昭和五十八年の第三版です。
 


ぬいぐるみ【縫包】
 
①中にものを包み込んで外側を縫うこと。また、その縫ったもの。特に、動物の形などにつくって玩具とするもの。
 
②演劇で、俳優が動物などに扮する場合に着る特殊の衣装。また、立ち回りの棒などを布でそれらしく作ったもの。


 
いかがでしょうか。
 
ぬいぐるみとは元々、「縫って何かをくるむこと」を指す言葉なのだとわかります。
動物などの「ぬいぐるみ」は、そこに充てた言葉だったんですね。
 
そして、今回注目するのは②の意味です。
 


・「演劇で動物などに扮する衣装」


 
歌舞伎で、天竺徳兵衛という役があります。
大ガマに乗って登場する妖術使いなのですが、このガマ、これが「ぬいぐるみ」です。
 


がまくんのぬいぐるみ


 
さて昭和29年の日本で、とあるぬいぐるみ映画が公開されました。
この映画では、本当は当時洋画で主流だったアニメーション撮影をしたかったのですが、予算の都合から断念して、それをぬいぐるみで代用することになったのです。
 
あ、つい書いてしまいましたが、「アニメーション」ってご存じですか?
今時の若者は、そんな言葉なんて知らないでしょ。
 
では、ご説明しましょう。
 
アニメーションというのは、人形などを少しずつ動かして撮った大量の写真を、つなげて映画とすることです。
そうすることで、まるで動いているように見せかける特殊効果のことです。
 
……絵?
 
まあ確かに、絵を使ったアニメーションもありますけど、迫力では立体造形物にはかないませんよね。
 
アニメーションと言えば、「キングコング」や、リー・ハリーハウゼンの「アルゴ探検隊の冒険」「タイタンの戦い」あたりが有名です。
特にリー・ハリーハウゼンは、数々のアニメーション特撮映画を作ったことで有名です。
 


「アルゴ探検隊の冒険」より
複数のガイコツ剣士と戦うシーン
ガイコツ剣士がアニメーション


 
日本の話に戻します。
 
ともかく、そうやって作られた日本のぬいぐるみ映画は、従来までのアニメーションとは全く違った迫力を醸し出すことで、空前のヒット作となります。
そしてその後も、このぬいぐるみ映画は次々と続編を出して、日本の映画界に新しいジャンルを生み出すまでに至ります。
 
また、同じ技術を使って、子供向けにテレビ番組も多数作られるようになりまして、その流れは現在まで連綿と続いています。
 
その元祖となったぬいぐるみ映画は、「ゴジラ」というタイトルでした。
ゴジラは、ぬいぐるみに入った俳優の演技力によって、それまでにないリアルな動きをする怪獣を生み出したのです。
 



 
ここから始まった、ぬいぐるみ映画という一大ジャンルは、今でも「仮面ライダー」「戦隊もの」「ウルトラマン」など、日本の文化と言ってもいいほどに成長しています。
ここでは伝統的に、人型のぬいぐるみが派手な立ち回りをするという、独特の世界を作り出しています。
 


派手に戦うぬいぐるみ達


 
これが、先に述べた
 


・「演劇で動物などに扮する衣装」


 
です。
 
えっと、何も間違っていませんよ?
 
ところがいつからか(平成元年ごろからと言う説があります)、このぬいぐるみのことを「着るぬいぐるみだから『着ぐるみ』だ」などと言い出す人が現れて、そのままテレビを通じて日本中に蔓延してしまいました。
 
これが、冒頭に触れた「着ぐるみぬいぐるみ論争」です。
 
着ぐるみという言葉は、映画界の人達にとっては全く関係の無いところから発生したために、現在でも古参の映画業界人は、その言葉を認めていないようです。
しかし、若いスタッフは、着ぐるみという言葉を使う方が増えているとのことです。
 
なお、歌舞伎や狂言の世界では、着ぐるみという言葉すら存在しません。
 
ところで、玩具の方のぬいぐるみは、英語ではstuffed toy(動物はstuffed animal)と言います。
「縫われたおもちゃ(動物)」という意味となりますので、「くるむ」にあたる意味はありません。
このような新しい言葉が日本に入ってくるときは、大抵は直訳した和語が作られるのですが、stuffed toyについては、もともと「ぬいぐるみ」という同等のものがあったので、そのまま流用されたのでしょう。
 
また、いわゆる着ぐるみには、これとは別にcostumed characterという言葉があります。
しかしこれはどちらかというと、ディズニーランドあたりを徘徊している、動物の顔をした人達のようなケースを指します。
 
海外では、さらに別のfursuitファースーツというジャンルもありまして、趣味としている愛好家もかなりいるようです。
 


ファースーツの例


 
これはこれでまた、案外奥の深い世界らしいです。
 
いや、奥が深いというか、闇が深いというか……
 
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義