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講師紹介

○ 昭和44年生まれ・愛知県豊川市出身・つくば市北部在住
 
○ 指導対象:幼児~高校生 受験算数を含む
 
 

○ 育児について

※ 子供を「子ども」と書く人がいますが、
「ども」は蔑称です。ご注意を。
 
自分の子供は3人ですが、ある程度は私が育てています。
 
……というと、
 
「ああ、パパが休みの日に遊び相手になったのねハイハイ」
 
と思うかもしれませんが、少しだけ違います。
 
私の妻の産休は、法で定められた産前4週・産後8週だけで、
あとはきっちりフルタイム勤務でした。
 
そこで生後2ヶ月からは、
昼間は全て、私が子供を見ています。
 
毎日、ミルクとおむつを持って出勤して、
暗くなってから妻が迎えに来るという生活でした。
 

娘をぶらさげて数学の授業中
(生徒撮影)
 
それ以降、子供に関することは、
なんとなく私が担当してきました。
 
子供3人とも、予防接種から1歳半健診・3歳健診まで、
全て私が連れて行っています。
 
幼稚園時代は毎朝弁当を作って、朝食を食べさせて、
バス停または園まで毎日送り迎えしました。
 
幼稚園から高校まで、授業参観、面談、PTA、
奉仕作業など、ほとんど私が担当してます。
 
その延長で、
入学式卒業式などの挨拶は何度もやりました。
 
子供の弁当は、幼稚園から高校まで、
運動会以外は全て私が作っています。
 
例えばこんな感じで。

 
 
そんなわけで、恐らく世間一般のパパよりは、
ちょっとだけ子育て量が多いかと思います。
 
さらには、自分の子供を使って、
幼児~低学年用教材を色々と試しています。
(四谷大塚は、そうやって辿り着いた教材です)
 
また、年少の頃、子供のお友達と一緒に、
毎週授業をしていたこともありました。
 
現在の募集は年中生からとしているのは、
この年少の授業で手応えを感じたからです。
 
 
 
普通の学習塾では、小学生の低学年は
「扱い方がわからない」と敬遠するようですが、
私は、自信を持って教えられます。
 
以上のような、育児経験があるからです。

 
 
○ 略歴
 

高校の数学で「代数幾何」「基礎解析」を学習した
「ゆとり教育第一世代」にあたります。
 
現役の大学受験は、共通一次の最後の頃でした。
 
その当時は、国公立大を2つまで併願で受験できました。
受けたのは、信州大学生物学科と静岡大学生物学科。
結果、信州大学は不合格、静岡大学は合格。
 
しかし、静岡大がなんとなく気に入らない……
 
静岡大学の担任と相談の結果、2つの約束をして、
休学して受験することにしました。
 
1.国立大しか受験しないこと。
2.不合格の際には、必ず静岡大に戻ってくること。
 
静大の学生証を持って、河合塾豊橋校に1年間通塾。
この時にできた友達は、ユルユルの高校時代と違って、
志望校が東大/京大/医学で、早慶は滑り止め
……という世界の人たち。
ここでようやく目が覚めて、勉強が俄然面白くなりました。
めちゃくちゃ勉強しました。
 
最後には、共通一次の数学と生物は
 
「まあ、とりあえずは満点取れるだろ普通(笑」
 
というレベルまでは行けました。
ただ、その年の共通一次は色々と大荒れで、
結局満点を取れなかったのが今でも心残りです。
(それが共通一次最後の年)
 
二次に自信があったので、京大の生物には
かなり惹かれましたが、なんせ後が無いので、
そこまでの挑戦はやめました。
 
結局、九州大学生物学科と、筑波大学生物学類を受験。
2つとも合格。
 
これは要するに、茨大落ちた奴が、翌年に
筑波大や東北大に受かったみたいなもんです。
結構頑張った方だと思います。
 
でも九大は蹴って、筑波大を選んで茨城へ。

 

……
 
また懲りずに遊んだので、最初の仕事は
行きつけのバイク屋のメカニックでした。
 
5年間、毎日バイク整備した後、知人のつてで、
潰れかけた学習塾を受け継ぎます。
さらに5年後、現校舎を建てて移転。
 
そして今、自分としては珍しく本気な毎日。
 
いや、この仕事、ほんと面白いです。
本気で楽しんでいます。
これだけ本気なのは、自分の人生では、
浪人したあの頃以来かもしれません。
 
現在、子供は3人。
妻は土浦一高・筑波大学医学出身の内科医。

 
 
 
中学受験から大学受験までやっています。
「国語の得意な理系」です。
特に中学受験は、2001年からもう20年近く指導してきました。
 
こんな私ですが、よろしくお願いいたします。

学塾ヴィッセンブルク塾長・朝倉智義