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あすなろ231 花札

2021年9月26日投稿

 
 
 
2021.02号
 
 
先日、古河中等の生徒が学校からの課題で、
花札について調べていました。
横で見ていて、なかなか面白そうでしたので、
私もちょっと調べて、まとめてみようと思います。
 
まず、花札のそもそもの始まりは、
「裏トランプ」だったと言われています。
トランプで遊ぶと摘発されるので、
そこから逃れるために作られたのが花札です。
 
って言っても、よくわかりませんよね。
もうちょっと詳しく説明します。
 
安土桃山時代、トランプがポルトガルから伝わってきました。
当時のトランプは、
1~9が数字の札で、10~12が絵札である
12枚×4スート(マーク)=48枚でした。

 



 
日本に伝わったトランプは、すぐにアレンジされて、
日本式のトランプとなりました。
これは、天正かるたと呼ばれています。
 



 
天正かるたは、賭博(とばく)用として広まっていきました。
そこで大名や幕府は、何度もかるた禁止令を出しています。
特に寛政の改革(江戸時代1787-1793)の
取り締まりは厳しかったようで、
そこから「かるたに見えないかるた」として、
花札が生まれたようです。
 
参考にしたのは、教育用の和歌かるただそうです。
また、元の天正かるた(トランプ)は、
四種類の絵柄が12枚ずつで合計48枚だったのに対して、
花札は12種類の絵柄が4枚ずつとなって、
やはり合計48枚となっていました。
 
ところで、トランプゲームといえば、
カードに書かれた数字が大切なのですが、
数がわかるように書かれていたらバレバレです。
 
そこで、1から12の数字は、一月から十二月を表す絵を書くことで、
わかる人だけにわかるようにしました。
 



 

こうやって眺めてみると、季節の花鳥風月が取り込まれていて、
なかなか風流ですね。
 
さて、お気づきでしょうか。
十二月のところに、任天堂と書いてあります。
 
実はこの花札画像は、任天堂の公式サイトから拾ってきた物です。
これ、任天堂製の花札の画像なのです。
だって、花札と言えば昔から任天堂ですよ。
他の会社製の花札もあるらしいですが、
私は任天堂のものしかみたことがありません。
 
この絵柄の中で、私が一番面白いと思っているのは五月です。
「ショウブ」または「アヤメ」と呼ばれている札ですが、
その一番左にある札の木道は、「八つ橋」と呼ばれています。
 
つまりこれ、伊勢物語です。
在原業平です。
 
三河の八つ橋というところで、
周辺に生えている杜若(かきつばた)を読み込んで
 

からころも
きつつなれにし
つましあれば
はるばるきぬる
たびをしぞおもふ
(各句の頭の文字を並べると「かきつはた」となる)

 
と詠んだ説話のアレのことです。
 
要するに、花札なんて賭博の道具なのに、
古典の教養が元ネタとなっているのです。
でも結局、カキツバタもショウブもアヤメもごちゃ混ぜです。
昔から、このあたりの区別はテキトーなんだな、
なんてこともわかります。
 
あともうちょっと。
これは最近知ったのですが、十月の鹿がそっぽを向いていますよね。
そこから、無視することを鹿十(しかとお)、
つまり「シカト」という言葉となったそうです。
 
また、花札は、札によって最初から決まっている得点があります。
(詳しくは書きませんが)
中でも一月・三月・八月・十一月・十二月の一番左の札は
特に得点が高くて、
これが揃うと三光・四光・五光という役が付きます。
そして、「八八」というゲームでは、
このうちの一枚だけがあった場合、
「光一(ぴかいち)」という役となります。
これが、ピカイチの語源なんだとか。
 
これもごく最近知りました。
下山君ありがとう。
 
ところで最初の方にも少し書きましたが、
トランプが日本に伝わった当時、
トランプのことはカルタと呼ばれていました。
これは、英語の「カード」に相当するポルトガル語です。
そして後には、このトランプのような形の紙を一般にかるた、
これを使った遊びをかるた遊びと呼ぶようになります。
 
現在、かるたと言ってまず連想するのは、
「いろはかるた(犬棒かるた)」
を始めとする形式の物だと思います。
しかしこれが出回ったのは、幕末以降なのだそうです。
案外新しいんですね。
 
また、百人一首の競技会も、「かるた大会」と呼ばれます。
でも、百人一首(小倉百人一首)が
藤原定家によって選ばれたのは、鎌倉時代です。
「カルタ」という言葉が伝わるより、前の時代なんですよね。
 
これについては、
 

平安時代から貝合わせ(かいあわせ)という、
2枚の貝殻の絵柄を合わせる遊びが、貴族の女房の間にあった。
 
小倉百人一首の選者、藤原定家によって書かれた、
原本にあたる色紙が、戦国時代に珍重されて、
高値で取引されるようになった。
要するに、流行した。
 
そんな時代に、「カルタ」が伝わって、
国産のかるたも作られるようになった。

 
という、三つの要素が融合して、
今のような
「ペアとなる句を合わせる百人一首かるた」
ができたと言われています。

 


貝合わせの貝(ハマグリ)

トランプの神経衰弱のように遊ぶ。
貝殻は、左右の組み合わせが違うと合わないため、
正解か不正解かがその場で確認できる。


百人一首の色紙(蝉丸)


 

そして、そんなかるたであるトランプと百人一首も、
やはり任天堂の製品ラインナップに入っています。
 
実は、任天堂のルーツは、花札製造会社だったのです。
1889・明治二十二年年のことでした。
その後、1902・明治三十五年には、
日本初のトランプ製造を始めます。
また、1953・昭和二十八年には、
日本初のプラスチック製トランプを製造します。
ここから、他の玩具に進出していったわけです。
 
任天堂がコンピューターゲーム機の開発を始めるのは、
1970年代になってからの話です。
 
そこからは、皆様ご存じの通りです。
 
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義