2018年10月

あすなろ203 ハチ

あすなろ

 

 

 

2018.10号

 

日本で一番危険な野生生物は何か、ご存じでしょうか。

 

それは、ハチです。

特にスズメバチですね。

毎年、クマやヘビよりもたくさん人を殺しています。

中でもオオスズメバチは、スズメバチとしては世界最大にして最強です。

単体でもそうなのに、そんなのが集団行動をとるわけですから、その「すごさ」はイギリスのBBCやアメリカのナショナルジオグラフィックが日本まで取材に来るレベルだったりします。

 

ところでアメリカには、キラービーと呼ばれて恐れられているハチがいます。

ゲーム関係では、もしかしたら名前だけは聞いたことがあるかもしれません。

しかしその正体は、「ちょっと大きめのミツバチ」だったりします。

 

普通のミツバチよりも攻撃的だということで、アメリカ人には恐れられちゃっているわけですが、スズメバチを見慣れた我々からすれば、単なるかわいいハチです。

しかし……。

 

逆にアメリカから見た日本は、キラービーをかわいいと言えるようなレベルの、恐ろしいハチが住む国、とも言えます。

なんと、そういう国だったんですよ日本って。

 

ただですね、こういうものには警戒することも大切ですが、扱いさえわかれば、もうちょっと近くまで寄っても平気なんですよ。

 

次の画像の一枚目は、我が家の近所の木のウロに作られていたキイロスズメバチの巣です。

キイロスズメバチも、オオスズメバチ同様に警戒心が強くて、被害の多いハチで……

……なんて話もあるのですが、ゆっくり近づけば、こうやって写真撮影も可能です。

この時は、巣から20㎝くらいまでカメラを近づけて動画撮影もできました。

ただしその頃になりますと、頭の上をハチがブンブン飛び回って威嚇してきていますので、実のところちょっとだけ緊張します。

上の二枚目の写真は、キンケハラナガツチバチのメスです。

こちらは、10㎝くらいの距離で撮影しました。

こういう普通のハチならば、レンズでハチをつつけるくらいの距離までカメラを近づけても、なんら問題ありません。

 

ハチでもカメムシでもムカデでもだいたい同じなのですが、基本的に虫は、抑えられたり捕まえられたりして、体の自由が直接奪われると攻撃を始めます。

ですから大抵の虫(※)は、飛んでいるところを払いのけたり、横から指一本でつついて追いかけ回したり、手のひらの中にそっと包み込んだりといった程度ならば、まず逃げ道を探すだけで、何も攻撃はしてきません。

カメムシやゴミムシでも、臭くなりません。

指一本で、向こうに押す程度ならばまず大丈夫ですが、二本で挟んだり、一本でも壁などに押しつけたりすると、攻撃に転じます。

 

そのあたりの加減がわかっていれば、何も恐れる必要はないんですよね。

 

巣の前のスズメバチは確かに攻撃性が高いのですが、これは虫の行動としては、ほぼ例外と言えます。

 


※ 一部の直翅昆虫とオオスズメバチは、逃げ道を邪魔されただけで威嚇・攻撃してくることがあります。


 

さて、スズメバチやミツバチのように、集団で生活する生物は、それだけ目立つようになるために、敵に襲われるリスクが高くなります。

そのために、集団で敵に立ち向かう手段を持っています。

それが、あの毒針です。

 

――いや、そうじゃないですね。

 

針があるから、集団で社会生活ができるようになったのでしょう。

 

しかし、全てのハチが、あのような毒針を持っているわけではありません。

 

ハチの中でも原始的なものは、植物の茎に卵を産み付けます。

その際、先の尖った産卵管で植物の茎を傷つけて中に産み付けるのですが、この産卵管がハチの針の原型です。

 

ただ、産卵管で植物に穴を空ける昆虫は他にもいます。

セミだってそうですし、キリギリスもそうです。

ですからこれ自体は、特に珍しいことではありません。

 

その中から一部のハチは、別の昆虫に卵を産み付けて、幼虫を寄生させることを始めました。

こちらも、寄生バエやハナノミ、ネジレバネなど、昆虫ではよくある話です。

 

ただ、違ったのはその手法です。

 

幼虫が別の昆虫に寄生するためには、幼虫が自分から宿主にしがみつくとか、卵を宿主の表面に産み付けるとか、卵をエサごと宿主に食わせて腹の中に無事到着~、なんて方法が一般的です。

しかしハチは、相手が植物の時と同じように、針でプスっと刺して、中に産み付けちゃうという手段を選びました。

チョウの幼虫や蛹から小さいハチが出てくることがあるのですが、ご存じないでしょうか。あれがそうなのですが。

 

しかし生きた動物が相手ですので、素早く正確に作業を行う必要があります。

そこで、狙った位置に産み付けられるように、腰が自由に曲げられるように進化していきました。

ハチ特有のあの細い腰は、元々は自在に卵を産み付けるためなのです。

 


産卵中のチュウレンジバチ

こちらは腰が太い、原始的なハチです。

このように植物の茎に産卵するだけなら、腰は細く進化する必要がありません。


産卵中のシロフオナガヒメバチ

材の中にいる昆虫に卵を産み付けているところです。

腹部は自在に曲げられるように進化しているので、こういうポジションも可能となります。


 

そしてさらに、産卵と同時に「麻酔薬」を使うものが登場します。

(このあたりはファーブル昆虫記にも記録があります)

獲物を麻酔してしまえば、あとはゆっくり卵を産み付けられますし、エサを生きたまま何匹も積み上げておくことも可能です。

 


トックリバチの巣の断面

左上の白い米粒のようのが卵です。

エサの幼虫は麻酔で動かないので、このように詰め込んでも、幼虫が動いて卵が潰される心配はありません。

また、あくまで麻酔なので、エサの幼虫は生きています。

つまり腐らず、鮮度を保てます。


 

さらには、反射行動だけ残した状態に麻酔して、獲物を自分で歩かせて運ぶハチもいます。

 


エメラルドゴキブリバチの運搬

ゴキブリは、逃避行動だけが抑制されている状態に麻酔されています。

あとは触角を引っ張りさえすれば、自分の足で歩かせることができるので、このサイズを持ち上げて運ぶ必要がありません。


 

そうやって「器用」になったハチは、さらに動きの速い相手まで、幼虫のエサとして狙うようになります。

例えば、クモとか。

 

クモを狩るためには、針をさらに素速く正確に操る必要があります。

そのために、腰はさらに細くなって、可動域はさらに広がります。

 


オオモンクロベッコウ

自分の体長と変わらないサイズのクモを仕留めることができます。

狩ったクモを巣まで運搬しているところです。

別の種類では、巣を張るクモを一時的に麻痺させて、そのあいだにクモの背中に卵を産み付けるハチもいます。

その後、クモは背中に幼虫を食いつかせたまま、普通に生活を続けます。


 

そして、集団生活するようになった種類は、「麻酔薬の入った産卵管」を「毒を仕込んだ武器」へと成り代わらせ、また腰を究極に細めることで、どの方向への攻撃も可能になったのです。

 


キアシナガバチ

腰が限界まで細いので、食べられるのは流動食のみとなっています。

スズメバチも同様で、成虫は幼虫に食べ物(肉)を運び、幼虫は成虫に半消化した流動食を分け与えます。

集団生活だからこそできる技です。


 

集団化することで、より大きい敵に対抗するという手法は、実は人類のとってきた戦略と同じです。

集団生活するだけなら、イワシだってそうとも言えます。

その中で、役割分担をして社会生活をする動物は、サル・イヌ・クジラなど、哺乳類では多く見られます。

しかし哺乳類以外の動物では、ハチの仲間(アリはハチと同じ仲間)とシロアリしかいません。

そういった見方をすれば、ハチはある意味、究極の進化を遂げた昆虫とも言えるでしょう。

 

学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義