2020年2月

あすなろ218 擬態-1 カモフラージュ

あすなろ

 
 
 
2019.12号
 
きっかけは、何かの漫画だったかと思います。
 
「人間に擬態して人間社会に生きる異生物」という、まあ最近ではすっかりありがちになってしまった設定の話を読んでいて、そういえば、そういう擬態って実際にもあるのかなあ、なんて思ったわけです。
 
ただ、その前にちょっと、擬態という言葉の定義から確認したいんですよね。
この言葉って一応生物学用語ではあるのですが、何気に曖昧なのです。
 
まず、擬態というと、大きく分けて二種類に分けられます……が、えーと、皆様としては、「擬態」という言葉から、まずはどっちのパターン思い浮かべますか?
 


はっぱにそっくりなコノハチョウ


ハチにそっくりなトラフカミキリ


 
日本語としては、どっちも擬態で正解なんですけど、この二つは方向性が全くの逆です。
 
コノハチョウの姿は、景色に溶け込んで隠れるためのものです。
しかしトラフカミキリは、むしろ目立つためのものです。
ですが、色も形も何かにそっくりに化ける、という点では共通で、それを指す言葉が擬態です。
 
ここで重要なのは、形まで化けているという点です。
色だけでは、普通は擬態とは言いません。
せいぜい「保護色」ですよね。
 


エゾユキウサギ(保護色)


 
しかし、ただ色が変わるだけでも、変わり方によっては擬態と呼んでもいいような例もあります。
 


砂にそっくりなヒラメ
(一応これでも色だけ)


 
さらには、こんな例もあります。
 


タコでーす


 
タコの場合は、色だけではなくて、表面の凹凸を自在に作り出すことによって、周囲に完全に紛れることができます。
こうなると、擬態と呼んでもいいと思います。
 
さて、擬態擬態と書いてきましたが、国語辞典的な定義によると、ヒラメもタコも「擬態」からは外れてしまうようです。
では代わりに何と呼べばいいかというと、それがですね、ちょうどいい言葉がないんですよ。
 
周囲に身を隠すといえば、日本には忍者という素敵な前例があります。
技術としては、五遁の術と呼ばれる隠れ方があるのですが、そういった行為をうまくまとめた言葉がないんですよね。
(五遁とは水遁、木遁、土遁、金遁、火遁の五術のこと)
 
一応、学術的には隠蔽(いんぺい)という言葉を充てることもあるのですが、これを辞書で引くと、「覆い隠すこと」なんです。
何か別のものを被せて隠すことで、しかも「隠れる」じゃなくて「隠す」なんですよね。
さらには、都合の悪いものを隠すときにも使われます。
 
類義語としては、隠匿(いんとく)という言葉もありますが、こちらも「密かに隠すこと」であって、「隠れる」わけではなくて「隠す」です。
 
ですから個人的には、隠遁という言葉を提案したいのです。
これでしたら、「隠す」ではなくて「隠れる」です。
ただ、普通は隠遁といえば俗世を離れてなんもない所に籠もって暮らすことを言いますので、これもまたピッタリこない言葉だったりします。
うーん。
 
と、なんでこんなくだらないことを延々と書くことになってしまうかと、日本語には
「カモフラージュcamouflage」
にあたる言葉がないからなのです。
 
最初のコノハチョウも、ウサギもヒラメもタコも全部、英語で言うところの「カモフラージュ」です。
 
それに対して、ハチそっくりのカミキリは、カモフラージュではありません。
こちらが、国語辞典が言う所の「擬態」でして、英語では
「ミミクライmimicry」
と言います。
この言葉の元々の意味は「物まね」です。
 


mimicryの例
毒のあるチョウに似せた無毒なチョウ


 
RPGではすっかり有名になってしまった宝箱モンスター「ミミック」の名前は、ここから来ています。
もちろん、ポケモンの「ミミッキュ」も同じです。
 


ドラクエのミミック
この姿を確立させた鳥山明は天才だと思う


ミミッキュ


 
いつもお世話になっているウィキペディア君によりますと、隠れる方の「擬態」には
「隠蔽的擬態mimesis」
なんて言葉が紹介されています。
確かに、生物学の用語辞典を見てもそう書いてあります。
 
でもですね、擬態に対してmimesisなんて言葉は、普通の人は使わないんですよね。
同じウィキペディアの英語版を見ればすぐにわかりますが、「mimesis」という項目を見ても、プラトンとアリストテレスとデイオニソスの話しか書いてありません。
つまり、
 
隠蔽的擬態(生物学)

英訳

mimesis

和訳

模倣(西洋哲学)
 
となってしまうわけです。
これって、どうなんでしょう。
 
ところが、英語版ウィキペディアにカモフラージュcamouflageと入れてみると、隠れる方の擬態の話が大量に書いてあります。
つまり、英語圏の人にとっては、隠蔽的擬態はcamouflageの一種なのです。
しかし一方で、同じ言葉の日本語版に移動すると、軍事用語としてのカモフラージュの話しか記述がないんですよね。
 
……まあ、いいんですけどね。
1ページ丸々作り直すほどの意欲もありませんし。
 
そうそう。
隠れるといえば、こんなのもあります。
 


ゴミグモ


 
このクモは、自分の網に食いカスを並べたゴミの帯を作って、そこに隠れています。
ゴミグモの面白い点は、元々あった周囲の自然物に紛れようとするわけではない所です。

紛れるための環境を、自分で作っちゃうのです。
 
さあ、こういうのは、果たして擬態と言えるのでしょうか。
英語でいう所のカモフラージュであることは間違いないのですが。
 
特殊な隠れ方をする例は、クモや昆虫にはまだまだたくさんあります。
 


ゴミを背負ったクサカゲロウの幼虫

 
元々はこんな虫


 
クサカゲロウの幼虫は、落ちているゴミを拾って、背中に積み上げていきます。
強いて言えば、ゴミに擬態しているというわけでしょうね。
なんでもかんでも拾うので、虫の死体とか抜け殻とかが積み上がっている例もあります。

画像検索で「Chrysopidae larva」と入れると、色んなものを背負った画像が出てきて面白いです。
 


コガネグモ(幼体)


 
コガネグモの幼体は、網に白い帯をX字状につけて、それに足を沿わせて待機しています。
それで本当に隠れている効果があるのかはよくわかっていないのですが、隠れているとしたら、一応これもカモフラージュにあたると思います。
 
ところで、哺乳類や魚類など、脊椎動物の体色は腹側が白っぽい場合が多いのですが、それもカモフラージュ効果があると言われています。
 
光は上から当たりますので、下側が影になります。
そこで、日が当たる部分を暗い色に、日陰の部分を明るい色にしておけば、遠目にはベタ一色に見えて、動物のシルエットが消える、というものです。
画像はウグイスですが、絵で描くと腹が白い鳥も、野外ではそうは見えないという例です。
 



 
このような効果は、カウンターシェーディングcountershadingと呼ばれています。
これもカモフラージュの一種です。
 


チーターのノドの白い毛も、強い日差しの下で見ると……


 
えーと、まったく本題に入れないのですが、字数がたいぶ増えてきましたので、今回は一旦ここまでにします。
続きは次号にて。
 
学塾ヴィッセンブルク 朝倉智義


続き
その2→擬態-2 特殊なカモフラージュ